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「いい道具」は伝わるのか

 

先日、大学で渡邊恵太さんの講演会があった。彼の著書『融けるデザイン』『消極性デザイン宣言』を読んでいた僕にとっては、さらに理解を深めることができた内容だった。その講演の内容をぼんやりと思い出しながら帰り道を歩いていた時、思うことがあったので書いてみる。

 

大まかな内容

(今回思ったことに関係する部分を抜き出している)

今回の講演でも「融けるデザイン」同様に、「自己帰属感」という言葉がキーワードとなり、何度も登場している。僕の理解では「自己帰属感」とは、ざっくりいうと「この手は他人の手ではなく自分の手であるという感覚」で、iPhoneを触っている時のサクサク感や気持ちよさの要因でもある。

 

自己帰属感の高い道具は、「いい道具」とも言える。ここで言う「いい道具」とは、使っていることを意識しない道具ということだ。(道具の透明性)

 

例えば、使いやすいカメラで写真を撮っている時なら、シャッターのタイミングや構図のことに集中できる。使いにくいカメラでは「どこでF値変えるんだっけ、、」なんてやっている間にシャッターチャンスを逃してしまう。製品を買うという直接的な理由にはならないが、使い続ける理由にはつながる。

 

渡邊恵太さんの研究である CursorCamouflage
画面上に複数のダミーカーソルが表示されていても、操作者は数秒で自分自身のカーソルを発見できる。しかし、同じ画面を見ている他者からは、どのカーソルを動かしているかわからない。それをパスワード入力画面に利用して、覗き見を防止するもの。

この動画ように、自己帰属感には「同じ画面を見ていても、同じ体験ではない」という非対称性がある。

 

ここまでが講演の内容を僕が解釈してまとめたもの。他にも、webの情報の道具化や時間の使いやすさなど、興味深いお話があった。

 

 

自己帰属感が高い道具は伝わるのか?

それから講演が終わって、帰り道にぼんやりと頭を整理していると、ふと「自己帰属感が高い道具は伝わるのか?」と思ってしまった。

 

それが商品であれば、いくら自己帰属感が高い「いい道具」でも、使わなければ伝わらないのではと。
何かものを買う時、店頭やネットでその商品の外観やスペック(文字情報)を見て買う場合が多いと思う。その状況の中では、自己帰属感が使いやすさに大きく関係すると理解していたとしても、その非対称性によって「使いやすそう」と感じることは難しいのではないかと思った。

 

購入する際の動機やポイントは様々だとしても、「使いやすさ」や「心地よさ」は道具を選ぶ時の重要な要素だろう。しかし「使いやすい」ということが使わなければわからないなら、「見た感じ使いやすそう」なものの方が売れるし、企業側もそれが使いにくいとわかっていてもそういうものを作ってしまうのではないのか。

 

店頭で試したとしても、やはり生活の中で使用しなければ、使い続けやすさレベルの使用感はわからない人が多いはずだ。家電などでも、リースのような形態で代金を支払い、使用するような仕組みが主流にならなければ、ここで言う「いい道具」は売れないし、デザインをする状況としても不健康な状態が続いてしまう。

 

プロダクトデザイン学生が就活などで作品を見せる時、紙に印刷されたポートフォリオで見せる場合がほとんどであるという状況も同じようなことが言えるかもしれない。
いくら実際には使いやすいものでも、どうせ紙面で見ただけでは伝わりづらいならと、見た感じ使いやすそうなものを考えるようになったら最悪だ。(それが実際には使いづらいと検証で分かっているにもかかわらず)
でも使いやすそうな見た目は大事だと思う。

 

少し大げさに言い過ぎたような気がするが、「いい道具」をデザインするには、「いい道具」が売れる仕組みや「いい道具」であることを伝える方法をもっと考える必要があるのではないかと思った。

 

 

https://www.ryuyayamada.com/blog/20180115

 
 
Ryuya Yamada